『オデュッセイア』はなぜ全編IMAX? ノーランが挑んだ20年の旅と映画の未来
『オデュッセイア』を全編IMAXで撮影したノーラン、その理由とは
クリストファー・ノーラン監督の新作映画『オデュッセイア』が、全編をIMAXフィルムカメラで撮影した初の長編劇映画として公開される。古代ギリシャの英雄譚を描く本作で、ノーランはなぜIMAXという特殊な撮影フォーマットにこだわったのか。
その背景をたどっていくと、ホメロスの『オデュッセイア』が持つ物語の力と、ノーランが約20年にわたって追い続けてきたIMAXへのこだわりが見えてくる。
3200年前の英雄譚が今も色あせない理由
『オデュッセイア』の物語は、今からおよそ3200年前の古代ギリシャを舞台としている。これほど長い時間を経た物語でありながら、実際に作品に触れると、不思議なほど古さを感じさせない。
むしろ、初めて物語に触れたはずなのに「どこかで見たことがある」と感じる人も多いだろう。それは、『オデュッセイア』がその後の数多くの物語に影響を与えてきたからだ。
物語の発端となるのは、スパルタ王メネラオスの妻ヘレネが奪われたことから始まったトロイア戦争。戦争で何が起きたのか、そして戦いを終えた英雄たちはどうなったのか。その物語は吟遊詩人たちによって長い間、歌として語り継がれてきた。
そうした口承の物語の一つが文字として残され、現在知られているホメロスの『オデュッセイア』へと形を変えたのは、およそ2700年前のことだとされている。
その後もさまざまな時代の人々が英雄譚を自分たちなりに解釈し、新たな物語として描いてきた。私たちが『オデュッセイア』に既視感を覚えるのは、この作品が長い歴史の中で多くの物語の源流となってきたからなのかもしれない。
ノーランとIMAXが歩んだ約20年
『オデュッセイア』で描かれるのは、主人公オデュッセウスが故郷イタケを離れ、10年間のトロイア戦争と、その後の10年間に及ぶ放浪を経て、20年ぶりに故郷へ戻るまでの旅だ。
実は、この「20年」という時間は、ノーラン自身とIMAXの関係とも重なっている。
ノーランが初めて劇映画にIMAXフィルムカメラを取り入れたのは、2008年の『ダークナイト』だった。一部のシーンでIMAX撮影を導入して以降、『インセプション』を除く監督作でIMAXを積極的に使用し、作品を重ねるごとにその可能性を広げていった。
そして2026年、ついに『オデュッセイア』で全編IMAXフィルム撮影を実現。ノーランが長年続けてきた挑戦が、一つの大きな到達点を迎えたことになる。
なぜノーランは扱いにくいIMAXフィルムにこだわるのか
IMAXフィルムカメラは、決して劇映画向きの扱いやすいカメラではない。大型で重量があり、機動性にも限界がある。さらに、一度に撮影できる時間は約2分半しかないうえ、カメラの駆動音が大きく、これまでは会話シーンの同時録音も難しかった。
それでもノーランは、こうした不自由さを受け入れながらIMAX撮影を続けてきた。
今回の『オデュッセイア』では、従来より軽量で静音性にも優れたIMAXフィルムカメラ「Keighley(キーリー)」が導入された。さらに専用の防音装置「ブリンプ」も開発され、会話シーンを含めてIMAXフィルムで撮影できる範囲が大きく広がった。
もちろん、デジタル技術が進化した現在、IMAXの大画面に対応した映像を撮影するだけなら、必ずしも巨大なフィルムカメラを使う必要はない。『DUNE/デューン』シリーズのように、デジタルカメラで1.43:1のIMAXフォーマットに対応する作品も登場している。
それでもノーランがフィルムを選び続けるのは、単なる懐古趣味ではない。現実の光や空間をできるだけ豊かな情報量で記録し、それを巨大なスクリーンに映し出すことにこそ、映画ならではの力があると考えているからだろう。
現実そのものと格闘して生まれる「巨大映画」
『オデュッセイア』では、巨大なカメラを遠く離れた場所まで運び、泥や水にまみれながら撮影する場面もあったという。本物の木造帆船を海へ出し、俳優たち自身が帆を操ったり、櫂を漕いだりするなど、現実の空間を使った撮影にもこだわっている。
その一回の撮影でフィルムに記録できる時間はわずか約2分半。それでも何度も撮影を繰り返し、デジタルでは再現しにくい圧倒的な情報量と質感を持つ映像を作り上げていく。
『ベン・ハー』や『アラビアのロレンス』のような歴史的大作から、『ゲーム・オブ・スローンズ』のような壮大なドラマまで、物語と映像表現が強く結びついた作品は数多く存在する。
そうした作品を超えるためには、現実そのものと向き合い、そこで生まれた光景を巨大なフィルムに焼き付ける必要がある。ノーランのIMAXへの執念は、そんな考えから生まれているのかもしれない。
『オデュッセイア』に重なる「魔法からトリックへの時代」
『オデュッセイア』には、英雄が故郷へ帰還するまでの旅だけでなく、古い時代が終わり、新しい時代へ移っていく物語も描かれている。
オデュッセウスが行き来するのは、陸地、浜辺、海という3つの空間だ。人間の社会が存在する陸地、神々の力が支配する海、そしてその二つが交わる境界としての浜辺。それぞれの場所を移動することで、故郷への帰還が少しずつ近づいていく。
その一方で、海からやって来た旅人が陸地へ上がることは、そこに暮らす人々から見れば侵入にもなり得る。そこで重要な意味を持つのが「クセニア」と呼ばれる歓待の文化だ。
劇中では「ゼウスの掟」とも呼ばれるこのルールによって、見知らぬ旅人であっても食事や寝床を与え、もてなすことが求められる。相手がただの旅人に見えても、実は神が姿を変えて現れている可能性があるからだ。
トロイの木馬が示す新しい時代
そんな「ゼウスの掟」に対する大きな裏切りとして登場するのが、トロイの木馬だ。
木馬は、人を信じるためのルールそのものを利用したトリックだった。人々は巨大な木馬を神への奉納物だと信じ、そのまま城内へと受け入れてしまう。
この出来事は、神々の力や奇跡を信じる時代から、人間自身が嘘や策略によって他者を動かす時代へ移っていく象徴とも読み取れる。
そして、その先にあるのが「映画」という存在なのかもしれない。現実には存在しないものをスクリーンに映し出し、観客に本物だと感じさせる。映画もまた、人間が生み出した巨大なトリックの一つだからだ。
オデュッセウスの木馬とノーランのIMAX
オデュッセウスにとってトロイの木馬が時代を変えるためのトリックだったとすれば、ノーランにとってIMAXは何を変えたのだろうか。
ノーランは約20年をかけて、もともとは博覧会や科学館などで発展してきたIMAXという特殊なフォーマットを劇映画の世界へ持ち込んだ。そしてついに、1本の長編映画を全編IMAXフィルムカメラで撮影するところまで到達した。
木馬が神々の「魔法」の時代から、人間の「トリック」の時代への変化を象徴するように、IMAXもまた、私たちが映画と呼んできたものの形を変えようとしている。
約3200年前に生まれた英雄譚は、巨大なIMAXスクリーンを満たす光へと姿を変えた。『オデュッセイア』は、古典的な物語を現代の映画技術で語り直すだけではなく、これからの「映画」がどこへ向かうのかを問いかける作品でもある。
■『オデュッセイア』
9月11日(金)より全国公開(9/4〜10まで IMAX先行上映中)
2D(字幕/吹替)、IMAX®(字幕)、Dolby Cinema®(字幕)、4DX(字幕/吹替)、MX4D®(字幕/吹替)、35mm(字幕)の全6種9バージョンで公開
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
© 2026 UNIVERSAL STUDIOS
photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.
文・島崎ひろき
編集・遠藤加奈(GQ)
